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ロンドンにおける東西格差

かつてのロンドンは、東西で2つに分けられていた。普通に、東をイーストエンド、西をウェストエンドという。
西には、ブルジョアや中流家庭、東には、労働者に加え、浮浪者、そして警察の追手から逃げる犯罪者も潜り込んでいた。
通常、ブルジョアなど、西の住民は東に入らない。東に入ろうものなら身の危険を感じる。

シャーロック・ホームズ

ホームズ
シャーロック・ホームズの肖像
だが、かのシャーロック・ホームズは、東に住んでいた。彼は業務上、都市の裏に住んでいる人と接触して、都市の裏情報を多く手に入れた。そのため、警察より情報を多く持っていて、警察より早く解決ができた。戦争においても一番大事なのは情報であるし、情報は大切にしないといけない。
実際のホームズは、青白い肌で神経質、やせ細っていた。また、ホームズは、アヘン中毒だった。アヘンはイギリスがインドで作らせ、主に中国に送りつけ、中毒者を増やした。アヘン戦争のきっかけとなる。ともあれインドで作られたアヘンはイギリスに入ってくるものもあった。
よって、ホームズが東に暮らしているのは、アヘンを手に入れるという目的もあった。西ではそんなものは手に入らない。だから、ヤバい奴らがたくさんいる東に暮らしている。

東と西の女と男

ただ、他の西の人も、実はこっそり東に行っていたのではないかと思われる。
東側で、夫を亡くした未亡人がいるとする。収入が少なく、まともな仕事だけでは生活がとてもできない。そんな人は、娼婦(売春婦)となった。
西の男(いくらブルジョアと言っても人間だから、欲もある)は、西の女に手を出せない(そんなことをしたらたちまち悪い評判が広まり、出世できない)ので、なかなかひどい話だが、東の女に手を出す
また、西の男は、娼婦を人間と考えていなかったらしい。娼婦を7人も殺すという切り裂きジャック(Jack the Ripper)もいた。人じゃないから、殺してもいいのではいいという価値観が根底にはあったのだろう。
売春婦については、こちらも参照されたい(ここをクリック)。

スラムと解決しない貧困

スラム
マンハッタンのスラム
貧しいイーストエンドには、現代と同様、スラムが形成された。
スラムは貧民窟と訳され、貧乏人たちが暮らしている。衛生状態や雰囲気、治安は悪い。高い建物の間に挟まれて集合住宅があり、彼らはそこに暮らしていた。そのため、スラムは「太陽のないまち」と表現される。建物が光を遮り、薄暗い上、希望の光もない。
この時代の労働者の給料は、安くて1シリング/日。日給約200円。これだけではとても家族を養えないから、妻や子供も働いた。そして最低限の食物で飢えをしのいだ。
そしてスラムに、疲れ切った労働者と、家族たちが暮らす。両親は、疲労回復のため、刺激を自らに与えようとし、強い酒(例えばジン。アルコール度数40度以上で、死ぬほどきつい酒)に走った。ジンは安い。ブランデーなど、香りのいいものは高いが、ジンは貧乏人でも飲める安さだった。
両親は12時間労働で立ちっぱなし。だから疲れていた。だが、赤ちゃんは泣く。そこで、気持ちの余裕がない両親は、泣き止ませるため、ジンを赤ちゃんに飲ませた
今の人から見れば、ただの虐待で、悪い親だが、彼らにはこの手段しか取れなかった。人は、気持ちに余裕がないと些細なことで怒る。だから、怒号や暴力に満ちた家庭になる。現代でも、もし親がすぐ怒るなら、きっと仕事で疲れているからだろう。親もまたそういう人間なのだという前提のもとに接するべきである。
人は、自分が怒っていて相手がおどおどしたりビビったりしたりしたら、自分は何でもできる、何でも許されると勘違いし、自己正当化し、我を忘れてしまう。
ところで、たいていの親は文字が読めない。そのため教養がなく、子供は労働力という考えになりかねない。
そして、労働者のための学校もあるが、学校に行く必要はないと決めつける。そしてそのまま子供が成長していくと、成長した子供は親と同じ生き方をするはめになる。つまり、自分の子供を学校に行かせなくなる。こうして、格差は全然解消されない。

これらのことは現代にも繋がることだと思う。


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