忌み嫌われた人々のお話ー煙突掃除人たちー
霧の都ロンドン
18世紀から19世紀のロンドンを特徴づけるものとして、霧がある。霧の都ロンドンと呼ばれるのは有名な話だろう。夜になると特に、もわーっとした霧が辺りに立ち込める。しかし、1970年代以降、霧は消えてしまう。霧は、ドーバー海峡で水分を含んだ空気がイギリスに流れ、微粒子が核となり水滴ができ、それが霧となる。だから微粒子がないといけない。
その微粒子に当たるのが工場の蒸気機関や中・上流階級の家庭にある暖炉から出る煙。石炭を燃やしていたので、煤が出て水滴の核となった。
だが1970年代以降、エネルギーの主役が石炭から石油になった。こうして、煤が出なくなり霧が無くなった。
なお石炭は石油に取って代わられるまでエネルギーの一番の供給源で、石炭の産地を巡って戦争になることもあった。例えば、フランスとドイツ国境のアルザス・ロレーヌ地方がそうである。
で、霧が出るということは、煤が空気中にあるということだから、煤煙をいつも人々が吸っていることになる。
霧はなんとなくかっこいいイメージがあるが、ロンドンでは公害の副産物であった。煤をずっと吸っているので、健康に害があった。
さて、今回はそれにまつわる物語。
煙突掃除人

煙突掃除人
煙突掃除人は、サンタと同様、屋根に上り、長い物干しざおの先端に木の細かい棒をたくさんつけたもの(たわしのようなもの)を煙突に突っ込み、煤を落とした。なお、暖炉の方から煤がこぼれては困るので、布などを暖炉の出口に張った。
煙突掃除人は、いつも煤を落とすから、煤が自然と爪の内部に入り込んで白くならなかったり、目も次第に眼病に冒されたり、耳も黒くなったり、顔も赤黒くなったりして、不気味な容貌だった。だから街を歩くと避けられてしまう。
このように、普段は、煙突掃除人は19世紀まで差別対象であった。しかし、煙突掃除人に掃除をしてもらい、通気が良くなればこそ、精霊などの神聖なものがやってくると考えられた。
そのためクリスマスの前などには掃除をしてもらった。煙突掃除人も、クリスマスプレゼントとして、小物をあげた。このときは、煙突掃除人は感謝、崇拝された。もらった小物を身に着けると、バリアが張られ、守ってくれると信じられていた。
煙突掃除人のように、当時の人々は、自分たちと異なる人間を差別すると同時に、畏怖し、特殊能力を持っていると考えた。
産業革命の時代は、蒸気機関という近代のシステムが使用されるようになりつつも、煙突掃除人のように、精霊や別世界の人間を信じるという前近代的な側面も併せ持っていた。
メリーポピンズという映画では、魔女のメリーポピンズの呼びかけに対し、煙突掃除人がそれに反応して集まる。つまり、魔女とかかわりを持つということであり、煙突掃除人は異世界の住人、魔人という扱いをされていたことがわかる。
煙突掃除人は10歳ごろから死ぬまで煙突掃除をし続けた。だから、煙突掃除人は学校や大学に行けず、社会の上層部には入れなかった。
道路清掃人
煙突掃除人の他にも差別されてきた人々は存在した。し尿があちこちに落ちているロンドンの道路を掃除するため、役所などは道路清掃人を雇い掃除させた。1回の掃除で1シリング。この道路清掃人も、煙突掃除人と同様に、差別の対象になった(汚いものを扱っているから)が、これまた同様に、神秘的な力を持つ、この世のものではないという扱いだった。
きよめ

穢多
平安時代に、穢れの思想が出てきた。穢れとは、人々の生活の秩序を乱すもの。忌み嫌われるもの。犯罪、怪我、火事、死など。
犯罪の中でも、盗みを働く、盗みの穢れは特に厳しく咎められた。盗んでも死刑だった。ザビエルは、「日本では盗みがない」と日記に書いている。殺されるから。江戸時代でも、十両盗んだら死刑だった。だから、落とし物をしても、来た道をたどっていけば必ず見つかった。
また、死の穢れ、死穢は特に忌み嫌われた。死穢の特徴は、伝染力が非常に強いということ。死んでいるのを見た人、聞いた人、死体の場所が全て穢れる。なお、死穢を政府が自ら作り出すのは良くないとして、平安時代(平城上皇の変)以降しばらく死刑はなくなる。(保元の乱で復活)
死穢が消えるまで、最後に穢れてから30日かかった。だから、死穢が消えるまでの30日間は、自宅謹慎が義務付けられた。天皇であろうと、別の場所に隔離された。
藤原道真が「この世をば~」の歌を詠んだ、と記されていることで有名な「小右記」には、いろいろな話があるが、その中に、ある時皇居で一人の人の気が狂い、刀を振り回し、瀕死の重傷を負った人が出て、周囲の人はその人を、助けるのではなく、皇居の外に急いで出した。という記述がある。死穢を皇居で出すのは良くないから。
他にも、井戸に犬の死骸があったとする。まず専門家を呼んで、何日前に死んだかを割り出す。そして、死んでからその井戸の水を使った人を全員30日自宅謹慎させる。また、床下に犬の死骸があると、同様に、死んでからその部屋に入った人は全員自宅謹慎。なお、「死んでから」30日ではなく、「死体が発見されてから」30日。死体はずっと穢れを出し続けているので、取り除かないと30日のカウントダウンは始まらない。
そして、死体を片付ける人を、「きよめ」と呼んだ。穢れている。
江戸時代では、穢多・非人。穢れが多いので、穢多という。これらの人は、動物から皮をはぎ取ったり(鎧の製造で皮を使うなどの用途)、また死刑執行を手伝ったりした。
また、死に直面することもある、医者は昔差別されていたこともあった。
人の在り方というのは変わるものである。やはりここでも、時代が変われば評価が異なるということが出てくるのである。こちらの記事もどうぞ(ここをクリック)。
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