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物事の是非は決断したときに決まるものではない

半沢直樹
半沢直樹2期の最後らへんの様子
「半沢直樹」2期の最終回で、 中野渡頭取と半沢が最後に階段で話しているシーンで、中野渡頭取がこんな言葉を言っていた。

物事の是非は決断したときに決まるものではない。評価が定まるのは常に後になってからだ。もしかしたら間違っているかもしれない。だからこそ、今自分が正しいと信じる選択をしなければならないと私は思う。決して後悔をしないために。

一つ気になったのが、「評価が定まるのは常に後になってからだ」という部分だ。
そういえば日本史の先生が、授業中にこんなことをおっしゃっていた。

「種子島と戦争」という題の講演を聞き、その中で、戦時中種子島の海岸に日本の兵隊の死者が多数流れ着いたという話があった。
「りま丸」という輸送船が北九州から東南アジアに兵員輸送中、アメリカ潜水艦により撃沈された。大勢の兵が亡くなり、何百人かの遺体は種子島に漂着したようだ。これは昭和19年(1944年)2月のこととされるが、別の記録には、昭和20(1945年)1月に漂着したと書いてあったらしく、講演の中では結論は出なかった。
しかしその後の質疑応答の時間で、漂着した兵士の遺品を整理したという女性が、紀元節(建国記念日だから2/11)に遺品整理をしたと証言し、昭和19年に漂着したことが分かった。

…ということらしい。このように、些細なことでも役に立つことがあると仰っていた。価値があるかどうかは後世になってからでないとわからない。歴史は後から見て、これが大事だったのかと分かることも多い。そして、現代の評価がどうであれ、それがいつも正しいとは言えない。

後で評価された例

良い例だとエドガー・アラン・ポーが思い浮かぶ。本はそんなに読んでいる方ではないが、彼の小説だと世界初の推理小説「モルグ街の殺人」とか「黒猫」程度なら読んだことがある。読んだのは小学生の時で、当時の自分には少し怖い話だったことを覚えている。
彼は生きているときはとても貧しかったようだ。でも死後、推理小説の分野を作ったと評価され、世界中で有名になった。
かの有名な江戸川乱歩の名前はエドガー・アラン・ポーをもじった名前であるというのは有名な話だ。江戸川乱歩から江戸川コナンの名前も生まれたから、江戸川コナンもエドガー・アラン・ポーがいなければ、横溝コナンとか小栗コナンとかになっていたかもしれない。

その逆の例

エドガー・アラン・ポーは当時評価されず後で評価された例だが、その逆もある。ヒトラーがそうであろう。
当時、大衆から熱狂的な支持を受けファシズムのもとWWⅡを起こした。だが戦後、ドイツでは手を伸ばす「ハイル・ヒトラー」のポーズ(ナチス式敬礼)すらも禁じられるほど、ヒトラーは悪だったという評価になっている。


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