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breakfastの語源と中世農民の裏側? ~ソーセージも関係する物語~

ときに、英語のbreakfast(朝食)の語源だが、fastが「断食」でbreakが「破る」だから「断食を破る」というのはある程度知られている。でも、その裏側の中世農民にはかなり過酷な現実とソーセージがあった。
朝食だが、15世紀までは、人々は1日に2回(昼食と夕食)の食事しかとっていなかった。昼食がメインの食事。夕食は申し訳程度。それが、朝食もとるようになったという変化があった。今回はそれにまつわる物語。

ソーセージ

ソーセージ
ソーセージ作り
昼食は、(住んでいるところで違うが)主に肉を食べていた。ただ、生肉はほぼ手に入らない(手に入るのは王侯貴族くらい)ので、ソーセージを食べていた。
このごろの世界において、人々が天国とイメージするものは、ソーセージが山盛りある世界。これが理想の世界・ありがたい世界だった。 このころのソーセージは、大根ほどの太さがあり、ゆでて食べる。
貴婦人らは、女性なので太いソーセージにかぶりつくのはみっともないと考えた。だから本当はソーセージを食べたいが、食べずにパンで我慢していた。
ウィーンとパリはライバル関係にあった。ウィーンの貴婦人らは、パリの貴婦人らを超えようとして、料理人に、太くないソーセージを作ることを命令した。
料理人たちは、とりあえず細いソーセージを作り、ひもで所々縛り、隙間の部分をなくした。そうして、丸っこいソーセージができた。これを、ウィーンのソーセージということで、ウインナーソーセージという。今では、略されてウインナーと呼ばれることがほとんど。

中世農民とbreakfast

中世農民だが、夕食は、パンの切れ端を数切れほど。固くなっているので、ワインに浸して柔らかくして食べる。子供もワインに浸したものを食べる。で、八世紀以前、「子供」という存在はなかった。5歳くらいになると、ある程度の仕事ができるので、「小さな大人」という扱いになる。
たった2食しかなく、朝飯もないが、日の出前に起きてスタンバイし、生き死にのかかる仕事や、大変な重労働をしていた。だから当然死人も出た。また、空腹のあまり材木を運ぶ際などに、足を骨折した人は一生差別される。

Latrun-Monastery
修道院
ところが、教会・修道院は、昼食・夕食以外に飯を食べてはいけないと言った。当時、教会や修道院の言うことを聞かなければ地獄に行くことになり、死後の楽しみの、天国でソーセージをたらふく食べるということができない。だから従っていた。
修道院の人たちは、禁欲的な生活をしていて、その上、それを人々に押し付けていた。
しかし、15世紀になり、農業技術が発達し、教会や修道院も、早朝にごく軽い食事をとってもばちがあたることはないと判断した。ただ、かなり後ろめたいものだった。
この習慣(本来、朝食はとってはいけないので、ごく軽い食事しかとらないという習慣)が残っているのかどうかは分からないが、現代でも欧米人の朝食は、フランスのサラリーマンはクロワッサンと紅茶、ドイツのサラリーマンは白パン(もしくは黒パン)とコーヒー、イギリスのサラリーマンはトースト(もしくはシリアル)と紅茶というように、ごく軽い食事。

以上、早朝の断食(fast)を破る(break)ので、朝食をbreakfastというようになった。


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