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モザイク国家 レバノン

Beirutcity
ベイルートの画像
レバノン王国(首都ベイルート)。地中海に位置して、もちろんCs(地中海)気候である。最近の事件といえば2020年8月にベイルートで、硝酸アンモニウムに引火したことによる大規模な爆発が起きた。また、カルロス・ゴーンの逃亡先であることでも知られている。カルロス・ゴーン、最近あんまり消息を聞かないがどうしているのだろうか。

隣国はイスラエルとシリアである。

古代の地中海沿岸とレバノン

地中海沿岸だが、前16世紀から、ヒッタイト(初めて鉄器を使用した)とエジプト(新王国)がシリア・パレスチナの支配を巡り抗争をしていた。
しかし、前12世紀からの「海の民」の地中海沿岸への侵入により、両軍シリア・パレスチナから撤退した。海の民はイメージとしては倭寇みたいな感じ。そして、アラム人、ヘブライ人、フェニキア人のセム系3民族が台頭した。
アラム人
アラム人は、ダマスカスを拠点として、内陸の中継貿易を行った(配達業者のようなもの。商人たちから配達の手数料を取る。日本では江戸時代、琉球が行っていた)。アラム語は中継貿易の際よく使われるので、オリエント世界の公用語となった。
フェニキア人
フェニキア人は地中海の海上貿易を行った。そのため、アラム人との衝突がなかった。また、現在のレバノンの国旗やレバノン航空の尾翼にも描かれているレバノン杉が船の材料となった。古代からレバノン杉はシンボルである。
フェニキア人は現在のレバノンにシドンやティルスなどの都市国家をつくった。また、北アフリカにも進出し、カルタゴという植民市をつくった。カルタゴは現在チュニジアにあり、有名な観光資源である。チュニジアと言えば、「アラブの春」のきっかけとなったジャスミン革命が起きたところでもある。国を代表する花がジャスミンだからそう呼ぶそうだ。
ともあれフェニキア文字は、海を渡った交易でギリシア人に伝わり、ギリシア人がまた改変してアルファベットをつくった。
ヘブライ人
ヘブライ人はパレスチナで羊飼いなどの牧畜をして、移動しながら毛皮や乳製品を売っていた。そのため、ユダヤ教、キリスト教で羊飼いにまつわる「牧」がつく言葉がよく使われるようになった(牧師、牧者など)。牧畜に関してはこの記事もどうぞ(ここをクリック)。

戦後~現況


レバノン国旗。中央にはレバノン杉
レバノンは16世紀以降オスマン帝国の領土だったが、WWⅠ後、現在のシリアとともにフランスの委任統治領となる。なお、WWⅠ後が委任統治領で、WWⅡ後が信託統治領。信託統治領への移行を拒み、南アフリカが現ナミビアを属国のようにしたことも覚えておくと役に立つ。
そして独立後、レバノンは保養都市として栄え、「中東のパリ」と呼ばれた。中東の金融や貿易の中心となり平和であった。こうして観光業で栄えたが、1975年、内戦が勃発。
レバノンはそのころ、キリスト教徒(マロン派中心)とイスラム教徒(シーア派とスンナ派)の比率が6:5で、議席もキリスト教とイスラム教徒に6:5で分配されていて、宗教が混在するモザイク国家であった。それが内戦の一つの要因となった。
そして内戦だが、マロン派の背後にイスラエル、イスラム教徒の背後にシリアなどの中東諸国が味方し、一部では代理戦争の様相を呈した。同民族(レバノン人)でも宗教が違うから内戦が起きた。
現在、マロン派から大統領、スンナ派から首相、シーア派から国民議会議長が選ばれるのが慣例。また、議席比率が6:5だったのが現在では1:1になり(なお、人口で見ればキリスト教徒:イスラム教徒=4:6と、イスラム教徒が現在は多くなっている)、大統領の権限の一部を首相にあげるなどして、モザイク国家のバランスを保とうとしている。

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